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ニューヨーク市のストリート改革の取組③~ストリート改革を支える基本計画等と今後の展望等~

 ニューヨーク市におけるストリート改革の取組について、「コロナ禍におけるオープンストリートプログラム」と「2010年代からスタートしたストリート改革の取組」の2回に分けて、紹介してきたが、本稿ではそれらの取組を支える基本計画や各種プラン等について紹介した上で、今後のストリート改革における展望を次期市長選の動向を踏まえて考察し、最後に日本において近年スタートしたストリート改革の取組について紹介することとする。
  (前々回記事)「コロナ禍におけるニューヨーク市のオープンストリートプログラム」
  (前回記事) 「2010年代からスタートしたニューヨーク市のストリート改革」


(基本計画)
 ニューヨーク市におけるストリート改革の取組は、2015年に現デ・ブラシオ市長により策定されたニューヨーク市の長期的な戦略計画である「OneNYC 2050」に基づいている。この計画は、前市長であるマイケル・ブルームバーグ市長時代の2007年に策定された「PlaNYC(プラン・ニューヨーク)」の基本理念を継承、追加する形で策定されており、10年~30年以上の長期的なスパンにおける8つの分野別のゴールと30の取組、さらには各取組におけるインジケータ(達成指標)が設けられている。また、各分野別にSDGsにおける17のゴールとの関連性を示している。

OneNYC 2050の抜粋(ニューヨーク市HP掲載資料)
8つの分野別のゴール
30の取組
SDGsとの関連付け

 ストリートに関する取組に関して言えば、本計画の概要部分において「ストリートにおける車両を制限し、人々のための公共空間の創出」すること、「自動車に依存しない公共交通システムを2050年までに構築」することをビジョンとして明確に掲げており、さらに個別分野のゴールの1つとして「EFFICIENT MOBILITY(効率的なモビリティ)」を掲げ、その具体的なインジケータとして、「持続可能な移動手段(徒歩・自転車・マストランジット)の向上」、「バスの運行速度の向上」、「交通事故死亡者ゼロ」、「自転車ネットワークへのアクセス性の向上」、「自動車登録数の減少」を設定している。


分野別ゴールの1つ「EFFICIENT MOBILITY」における4つの取組と設定された具体的なインジケータ(「OneNYC 2050」より抜粋)

(個別のアクションプラン等)
 上記の長期計画に基づく各種取組を補完するために、短期計画やアクションプラン等が定められている。ここでは本稿で紹介した各種取組に関連するものを紹介する。
① ストリートデザインマニュアル ストリートの利活用について、ストリートデザインの基準、ガイドライン及びポリシーを包括的に定めたマニュアル。各種ストリートの活用方法ごとの利点や申請プロセス、プラザ・プログラムやサマーストリーツといったこれまでの取組におけるベストプラクティス等が掲載されている。


ストリートデザインマニュアル(2020年・三訂版)(ニューヨーク市HP掲載資料)

② グリーンウェイブプラン ニューヨーク市の自転車利用における具体的目標を定めた計画。自転車利用の利便性や安全性の向上に向けて、毎年30マイル以上の自動車専用レーンの設置や2050年までに市内移動10回のうち1回は自転車利用を目指すといった中・長期的な目標や、2022年までに自転車優先設置地区への75マイルのインフラ整備といった短期目標等が設定されている。また、自転車シェアリングプログラムの拡充についても言及している。

グリーンウェイブプラン(ニューヨーク市HP掲載資料)
市全域での自転車レーン網を形成(点線部分が未施工部分)(「グリーンウェイブ進捗レポート2021」より抜粋)


③ ベターバスアクションプラン 2020年までにバスの運行速度を25%向上させるためのアクションプラン。具体的な取組として、定量的なバスレーンの改善及び新設、交通信号優先システム(TSP)の設置等を掲げている。2020年の結果として、バスレーンの改善等の定量的な取組は全て目標値を達成することができたものの、目標であるバスの運行速度の25%向上は「一部達成」にとどまった。

ベターバスアクションプラン(ニューヨーク市HP掲載資料)


[今後のストリート改革の方向性について]

 以上のことを踏まえると、コロナ禍におけるニューヨーク市のオープンストリートプログラムは、単に一過性のものではなく、「OneNYC2050」という長期的な戦略計画に基づく「ストリートの公共空間としての利活用」の一手段として実施されたもの、すなわち2010年代から行われてきたストリート改革の一連の流れとして捉えることができるだろう。また、2020年における自転車専用レーン及びバス専用レーンの新設距離が過去最高記録となり、2021年においてもさらに記録の更新を目指している(※1)ことから、アフターコロナにおけるニューヨーク市の道路事情は、コロナ以前と同じ状況に戻るのではなく、コロナ禍において変化した人々のライフスタイルにあわせつつ、ストリート改革を前進させていく方向性であることがわかる。

 ただし、この長期的な戦略計画は2021年12月末に任期満了となる現市長によって策定されたものであるため、2022年1月に就任する次期市長の舵取り次第では大きく変更される可能性もある。その次期市長となる可能性が高いのが、6月22日に行われた民主党の予備選挙における勝利者である。本稿執筆時点(7月6日~7日)にかけての各種報道によると、全ての集計作業が完了してはいないものの、ブルックリン区長であるエリック・アダムス氏が過半数を獲得し、勝利したとの報道(参考:ニューヨークタイムズウォールストリートジャーナル)がなされている。そこでエリック・アダムス氏のストリートに関するキャンペーンウェブサイトにおける計画や各種報道におけるインタビューの内容等を確認したところ、基本的には現行の取組を推進する方向性である(※2)ことから、次期市長政権下において、その長期的な戦略計画の展望が大きく変動することはないものと考えられる。

エリック・アダムス氏のキャンペーンウェブサイトより

[日本におけるストリート改革]

 日本においても、令和2年3月に国土交通省が人中心のストリートへの転換を図る基本的な方向性等を示すものとして「ストリートデザインガイドライン」を策定し、各都道府県知事・指定都市市長宛に技術的助言として通知を発出している。

 また、その実現に向けて、都市再生特別措置法(平成14年法律第22号)の改正がなされ(令和2年9月7日施行)、「居心地が良く歩きたくなる」空間を官民一体で形成するための「滞在快適性等向上区域(通称:まちなかウォーカブル区域)」が新設(参考:改正法案概要制度概要資料)されるとともに、それらの空間を歩道や道路空間と一体的に構築することができるようにするため、道路法(昭和27年法律第180号)の改正がなされ(令和2年11月25日施行)、賑わいある歩行者中心の道路空間を構築するため、歩道等の中に「歩行者の利便増進を図る空間」を定めることができ、道路空間を活用する際に必要となる道路占用許可が柔軟に認められるほか、長期の道路占用を可能にするため、「歩行者利便増進道路(通称:ほこみち)」が創設(参考:改正法案概要制度概要)された。これらの法改正とあわせて、「官民連携まちなか再生推進事業(エリアプラットフォーム活動支援事業)」や「まちなかウォーカブル推進事業」などの予算・税制措置も設けられたことから、日本の道路においても「人中心のストリートの形成」が推進されていくものと考えられる。

「ストリートデザインガイドライン」より抜粋(国土交通省HP掲載資料)


 「ストリートデザインガイドライン」の策定に当たっては、先述のニューヨーク市運輸局が策定した「ストリートデザインマニュアル」や、ブルームバーグ市長時代の運輸局長であり、プラザ・プログラムや自転車専用レーンの新設、自転車シェアリングプログラムなどをスタートさせたジャネット・サディク=カーン氏の講演内容など、ニューヨーク市の取組を参考にしているため、今回紹介した一連のニューヨーク市のストリート改革の取組は、成功例も失敗例も含めて、今後の日本のストリートの転換における1つのメルクマールとなるだろう。

「ストリートデザインガイドライン」で紹介されるニューヨーク市のタイムズスクエアにおけるプラザプログラム(国土交通省HP掲載資料)


[最後に]

 ニューヨーク市のストリート改革について、3回に分けて取組の一部を紹介してきたが、実際にはより多くの様々な取組がなされているため、まずは本稿で紹介したリンク先をご覧いただき、各自治体における今後の「人中心のストリート改革」の一助になれば幸いである。



 
(※1)2020年のコロナ禍において新設された自転車専用レーン28マイルとバス専用レーン16.3マイルは、いずれもニューヨーク市における過去最高の記録を更新した(参考:ニューヨーク市報道資料)。また、2021年は新たに自転車専用レーン30マイルとバス専用レーン28マイルを設置し、前年の記録をさらに更新させると報道発表した(参考:ニューヨーク市報道資料)。
(※2)エリック・アダムスは、市長選挙における自身のキャンペーンウェブサイトにおいて「100+STEPS」という目標を掲げているが、その中の「交通機関」の項目において、ニューヨークの渋滞解消のためには、ストリートの効率的な活用についての再構築が必要であるとし、「バス専用レーンや交通信号優先システムの増設」、「自転車シェアリングシステムの拡充」、「自動車を減らすためのシェアリングカー制度の推進」などを掲げている。また、ニューヨークタイムズのインタビュー記事においてオープンストリートに賛同し、自動車のためのストリート利用からの変革を訴えている。
 

(安浪所長補佐 熊本市派遣)