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ハリケーン・サンディに関連したニューヨーク市長の執行命令

2012年10月29日から30日にかけて北米東海岸地域を襲ったハリケーン・サンディは、強風と高潮により、ニューヨーク市内だけで死者40名以上に上る甚大な被害をもたらした。

ニューヨーク市は、州政府及び連邦政府とも連携しながら、ハリケーン前の避難命令の発出、避難所の開設等に始まり、ハリケーン後の救助、治安維持、施設の災害復旧、倒木・瓦礫の撤去・収集、NPO等と連携した支援物資の配給など様々な活動を行っている。

今回は、その中からブルームバーグ市長が発出した執行命令(Executive Order)に注目し、臨機応変なルールの設定・変更の様子を紹介したい。なお、一般に、執行命令により私人の行為を規制するためには憲法又は法律による授権を必要とするものと考えられるが、各執行命令の根拠を特定することは困難であるため、ここでは専ら主な執行命令の内容のみを説明する。

なお、各執行命令の原文は、以下のサイトを御覧頂きたい。http://on.nyc.gov/RebNWI

執行命令163号(10月28日) 緊急事態宣言と避難命令

ハリケーンの襲来は10月29日夕方以降と予想されていたが、10月28日、ニューヨーク州のクオモ州知事は、ハリケーンに備え、緊急事態宣言を行うとともに、ニューヨーク都市圏の公共交通機関MTAが運行する地下鉄、バス、郊外からの通勤鉄道を前日の10月28日夜7時から全面停止させると発表した。

これを受け、ブルームバーグ市長は、執行命令163号により、ニューヨーク市内に緊急事態を宣言するとともに、浸水予想に基づいて予めA~Cに区分けされている市内の区域Aに居住する住民に対し、10月28日夜7時を期限とする強制避難命令を発出した。

執行命令164号(10月30日) 乗り合いタクシーの許可等

10月30日午後にはハリケーンによる風雨の直接的な脅威は去り、外出可能な天候となった。しかし、州知事が所管するMTAの公共交通機関はいずれも本格的な運行再開の見通しが立っておらず、自家用車を持たない市民の移動手段は、徒歩かタクシーのみとなっていた。

こうした状況を踏まえて発出された執行命令164号は、ニューヨーク市タクシー・リムジン委員会委員長(the Chair of the Taxi and Limousine Commission)に対し、緊急事態宣言の継続期間中、以下のような権限を与えている。

  • 乗客の同意の有無にかかわらずタクシーに複数客を乗車させる乗合を許可するとともに、ゾーン制料金の設定あるいは料金を交渉で決めることを許可すること
  • 通常は路上で客を拾うことを認められていないリムジン等タクシー以外の旅客運送車両に対し、タクシーと同様に路上で客を拾うことを許可すること
  • 通勤用乗り合いバンに対し、営業許可区域外で運行することを許可すること
執行命令第165号(10月31日) マンハッタンに進入する乗用車の最低乗車人数制限等

ハリケーンが去った翌日の31日、天候は安定していたものの、郊外からの通勤電車は未だ運行が再開されておらず、多くの人々が自家用車等によりマンハッタンにあるオフィスへの出勤を試みた。このため、マンハッタン内外で大渋滞が発生した。

執行命令第165号は、イーストリバーを隔てたブルックリン区、クイーンズ区からマンハッタン中心部および南部のビジネス街につながる4つの主要橋ブルックリン・ブリッジ、マンハッタン・ブリッジ、クイーンズボロ・ブリッジ、ウィリアムズバーグ・ブリッジを乗用車が通過する場合、最低3名の人が乗車していなければならないとするものである。(緊急車両等を除く。)

この規制は、11月1日朝6時から11月2日午後5時まで実施された。橋につながる道路にはニューヨーク市警による検問が敷かれ、乗員2名以下の車両はUターンさせられた。

そのほか、この執行命令により、避難対象であったA区域にある建物(住居・オフィス等)に戻る場合はニューヨーク市建築局の検査・確認を義務付けること、執行命令164号で導入された乗り合いタクシーをすべての有料旅客運送車両に拡大することなどが規定されている。

執行命令第170号(11月8日) 車両のナンバープレートに応じた給油制限

ハリケーンは、沿岸部に位置していた精油施設やパイプラインにも大きな被害をもたらした。また、郊外では数多くの倒木により広範囲に渡る停電が長期間継続し、営業可能なガソリンスタンドの数も平時に比べ大幅に減少した。こうした状況がガソリンの「買いだめ」を助長したこともあり、営業しているガソリンスタンドには給油のために長蛇の列ができた。

執行命令第170号は、ニューヨーク市内で給油する乗用車に対し、そのナンバープレートに応じて、奇数番号の車両は奇数日、偶数番号の車両は偶数日にしか給油できないこととするものである。

ガソリン不足は前週から表面化し、給油待ちの列でトラブルも起きていたため、ニューヨーク市内外の営業中のガソリンスタンドには、給油制限導入前から警察官が配置されていた。警察官による監視抜きでは給油制限の実効性確保が困難であったことは想像に難くない。

なお、ニュージャージー州のクリスティー州知事は前週末から同様の措置を講じていた。

執行命令第172号(11月12日) 市建築局による許可手数料の免除

執行命令第172号は、ハリケーンによる建物被害を迅速に復旧するため、非常時には市の条例等を一時的に執行停止できるとするニューヨーク州法に基づき、ハリケーンによる被害を受けた建物について、市が定める各種建築工事に関連する許可手数料を免除すると定めている。

執行命令第173号(11月13日) がれき撤去の促進

執行命令第173号は、ハリケーンにより生じた倒木及び瓦礫の撤去を進めるため、州知事が発した執行命令を踏まえ、以下のような内容を規定している。

  • ニューヨーク市衛生局(Department of Sanitation: ごみ・がれき収集等を行う担当部局)及び関係部局に対し、がれき撤去のため私人所有地に立ち入る権限を与える。
  • ニューヨーク市ビジネス公正委員会委員長(the Commissioner of the Business Integrity Commission)に対し、必要と認める場合には、事業者が排出する廃棄物(trade waste)の収集・除去・処分に関する許可及び登録義務を免除する権限を与える。

執行命令第175号(11月13日) 住宅復旧作戦室の設置

ハリケーンにより住居を失った多数の人々の住宅を確保するため、住宅復旧作戦室(Office of Housing Recovery Operations)が設置された。執行命令第175号は、同室の設置について規定している。

住宅復旧作戦室の責務は以下のように規定されている。

  • 仮設住宅及び恒久住宅の需要を見積もること
  • 短期的な住宅需要に対応するための戦略及び選択肢を立案すること
  • インフラ、修繕及び必要な場合には住宅の供給を含め、長期的な住宅問題への対応策を立案すること
  • 関係する連邦政府及び州政府機関と調整・連携すること

また、ニューヨーク市の各部局も住宅復旧作戦室と協力するように規定されている。

室長には、元ニューヨーク市危機管理室副室長(Deputy Commissioner for the New York City Office of Emergency Management)のブラッド・ゲア(Brad Gair)氏が任命された。

なお、執行命令第175号は11月13日付であるが、住宅復旧作戦室の設置及びゲア氏の任命は11月5日に発表されている。折しもハリケーンの一週間後、11月7日にはニューヨーク地域に雪嵐を伴う冬型の低気圧が接近すると予報されており、冬の到来も踏まえ、被災者の住宅確保が喫緊の課題と報じられていた時期であった。その後11月9日には、ブルームバーグ市長及びゲア室長から、ニューヨーク市とFEMAが連携し、住宅修理業者を派遣して住宅の緊急修繕を進める「NYC Rapid Repairs Program」が発表されており、同室は執行命令第175号の制定前から既に活動を始めていたことが伺われる。

2012年11月20日

上席調査役 川崎穂高