21 9月 2020

~人種差別運動と警察暴力~

「白人警察官が任務中に黒人を殺傷する事件」が後を絶たない。黒人男性のジェイコブ・ブレイク(Jacob Blake)氏が、白人警察官に背後から銃弾7発を打ち込まれるという痛ましい事件が米国北部ウィスコンシン州で発生した。事件の映像は瞬く間に世界中に広がり、全米各地で人種差別行動に反発する抗議行動が行われている。

5月に起きたミネアポリスの「ジョージ・フロイド氏事件」は未だ記憶に新しいところだが、この事件は、「Black Lives Matter」を掲げた抗議運動のきっかけとなり、全米における人種差別撤廃運動、特に「黒人に対する警察暴力反対」運動の大きなうねりをもたらした。各地で暴力的・平和的デモが繰り返され、差別撤廃とともに警察組織の改編や業務内容の見直しを求める声が広まった。

その結果、複数の都市では警察予算削減や業務内容の大幅な改革が行われ、首を締め上げる逮捕術も多くの警察組織で禁止された。ニューヨーク市警では予算削減の他、懲戒処分を受けた警察官の名前が公表されることになった。警察に対する世間の風当たりは冷たくなり、少なくない数の警察官が早めのリタイアをするケースもあると知人の警察官は言葉少なく漏らしていた。コロナ禍において多くの警察官が激務に勤しんでいることを知っている筆者にとっては、なんとも心が痛む状況である。

抗議行動は、過去の警察暴力による事件や黒人被害者の名前も広く一般に知らしめる役割も果たしていた。昨年8月にコロラド州における黒人男性に対する暴行致死事件、3月にケンタッキー州で発生した医療従事者の黒人女性が銃撃され死亡した事件など、過去の事件を風化させずに人々の記憶に留めようとする訴えが多く見られた。これら事件の報道記事や映像を見直したが、「死」という最悪の結果を避けることができたのではないかと強く感じられた。

米国の人種差別問題には機微な部分が多く、ここで深く触れるつもりはないが、「黒人への警察暴力はもう沢山だ!Enough is enough!」という言葉を聞く度に、警察官である筆者としては何とも複雑な気持ちになる。同時に、「本当に米国の警察官は黒人だけを殺傷しているのか?」といった少々身内寄りな疑問も湧いてくるのが正直なところだ。つまり、相手が白人であっても、ヒスパニックであっても人種を問わずに警察官は発砲し、その結果として殺害に至っているのではないかということだ。もしもそうならば、差別問題ではなく、警察官の事案処理能力の問題として解決への舵が切れると考えられる。

この辺について少し調べて行く中で、ワシントンポスト紙に興味深い記事を見つけた。2015年以降、警察官により射殺された人数を人種別に説明したものだが、死亡者数は、 白人~2,555名、黒人~1,329名、ヒスパニック~930名、その他~219名、となっており、白人もかなりの数となっている。但し、人口比から勘案すると、黒人は白人の2倍以上(2.5倍近く)が射殺されているということを示しており、ヒスパニックも1.8倍以上が殺害されている。また、データは警察署等から任意に提出されたものが基となっているために正確な数ではなく、FBIによって少なく見積もられている数値であるとも記されている。

さらに、マサチューセッツ州にあるノースウェスタン大学は、2014年、2015年の2年間に発生した同種事件の603ケースを調査し、射殺された者が「非武装」若しくは「警察官に対して脅威を与えていなかった」場合であったか否かに注目して分析を行っている。この結果によると、全体数から見た場合の黒人が占める死亡者の割合は25パーセントであったが、「非武装」若しくは「警察官に対して脅威を与えていなかった」にも関わらず殺された黒人の割合は36パーセントに達することが示されている。より黒人は無抵抗であっても殺されているケースが多いということが示唆されている。

また、危険な現場において警察官のとる行動は、報道記事や既存のデータに少し触れたのみでは分からない別の要素も絡むこともあるだろう。例えば、犯行罪種や警察官に対する抵抗、武器の使用や凶暴性、さらには、警察官と比べた場合の身体能力・パワーの優劣などは、現場での対応に少なからず影響を与えている可能性はあるかもしれない。

いずれにしても警察官の動機がどうであれ、フロイド氏の事件やジョージア州アトランタでの事件(飲酒運転に絡む軽微な事件だったが、白人警察官が逃走する犯人を背後から射殺した)など、警察側が死を避ける努力をしていないことについては弁解の余地がないものだ。無抵抗な者への攻撃や射殺に対する警察への非難は免れまい。

今、米国だけでなく、世界各地で行われている人種差別に対する抗議行動は、これまで様々な形で繰り返されてきた差別に「警察の過ち」という一つの事実を重ね合わせながら、大きな動きとなっている。これにより今度こそ、人種差別撤廃へ大きく前進することとなるのかを見守っていきたい。

(柳井所長補佐 警視庁派遣)