ニューヨーク市の史上最大の観光復興キャンペーン ~IT’S TIME FOR NEW YORK CITY~

 ニューヨーク市の公式DMO(観光マーケティング組織)兼CVB(コンベンション・ビジタービューロー)であるNYC&Companyは、6月24日に「IT’S TIME FOR NEW YORK CITY」をキャンペーンフレーズに掲げ、史上最大規模である3,000万ドルをかけた観光復興キャンペーンの第一弾をスタートすることを公表した。

NYC&Companyのホームページより
 本稿では、このキャンペーンについて、その実施の背景となるAmerican Rescue Plan Act(以下「米国救済計画法」という。)の概要を説明した上で、本キャンペーンの実施主体であるNYC&Companyがどのようなビジョンを持って、本キャンペーンを展開していくのかについて紹介することにする。

【米国救済計画法の概要】
 米国救済計画法は、今年3月11日にバイデン大統領によって署名され、成立した法案である。この法案の成立により、投資・景気の刺激策として総額1.9兆ドルの大規模なコロナ救済のパッケージが施行される。パンデミック以降、米国では様々な経済対策が行われてきたが、2020年3月に成立した総額約2.2 兆ドルのコロナウイルス支援・救済・経済安全保障法(通称「CARES法」)に次ぐ予算規模である。この法律は、11編(Title)と多数の章(Part)及び条(Section)で構成され、提出された議案のページ数は650ページに及ぶ。

提出された法律案の冒頭部分(Congress.govのホームページより。全文はコチラ
 米国救済計画法の全体像としては、その章の数が示す通り、様々な分野についての網羅的な支援パッケージとなっている。各分野における予算配分及び主要施策については、次のとおりである。
(各分野における予算配分)

分野予算配分(概算額)主要施策
個人向け直接給付4,000 億ドル1人当たり1,400ドルの国民向け直接給付(所得による制限あり)
州政府、地方政府等への直接援助3,500 億ドル州とコロンビア特別区に1,953億ドル、州内の地方自治体に1,302億ドルを提供
(使途)
    ・家計、中小企業、非営利団体、観光やホスピタリティなどの産業への援助を含む経済活動支援
    ・エッセンシャルワーカーに対する給与の上乗せ
    ・COVID-19による歳入減の影響を受ける行政サービスへの補填
    ・上下水道・ブロードバンドインフラへの投資
失業給付2,050 億ドルCARES法による連邦失業給付(2021年3月14日まで)の延長(2021年9月6日まで)及び給付可能日数の拡充
教育(小学校・中学校)1,300 億ドル小学校・中等学校緊急救援基金(2023年9月30日まで利用可能)
子育て900 億ドル保育・開発ブロック補助金(CCDBG)に150億ドル、育児安定化助成金(新規創設)に240億ドル 児童税額控除(CTC)の引上げ(2,000ドル⇒3,000ドル(6歳未満は3,600ドル))、対象年齢の拡充
ワクチン量産、配布700 億ドルCOVID-19テスト・トレース活動に478億ドル、CDCのワクチン活動に85億ドル
住宅賃料、住宅ローンへの補助金450 億ドル緊急賃貸支援として274億ドル、住宅所有者支援として約100億ドル、ホームレス支援に50億ドル
※予算配分については議会予算局(The Congressional Budget Office)のホームページ(Estimated Budgetary Effects of H.R. 1319, American Rescue Plan Act of 2021)を、主要施策については、全米州議会連盟(NCSL)のレポートを参考にした。

【米国救済計画法と観光復興キャンペーンとの関連性】
 米国救済計画法が成立したことにより、先述のとおり、州政府、地方政府等への直接支援金として、3,600 億ドルの資金が提供されることとなった。直前の大規模な経済対策として実施された2020年12月の支援パッケージにおいては地方政府への支援が盛り込まれてなかったことから、この資金提供は、地方政府によるコロナ脱却への主体的な取り組みを加速化させる狙いがあるものと考えられる。
 今回のNYC&Companyの観光復興キャンペーンは、まさにこの資金により行われるものである。4月21日の市長記者会見において、デ・ブラシオニューヨーク市長とNYC&Companyの代表兼CEOであるフレッド・ディクソンは共同で、史上最大となる3,000万ドルの観光復興キャンペーンを6月からスタートすると発表があった。その直後4月26日には2022年度の予算編成案において、米国救済計画法における地方自治体への直接援助としてニューヨーク市は2年間で59億ドルの資金を受け取ること、市の公式マーケティング組織であるNYC&Companyの取り組みに対して、4,620万ドルの資金が提供されることが公表され、6月30日には、当該予算編成案がニューヨーク市議会において合意に達したとの公式発表がなされた。

【観光復興キャンペーンの概要】
 先述のとおり、米国救済計画法に基づく地方自治体への直接支援金により実施されることとなった観光復興キャンペーンであるが、その規模や展望、具体的なプロモーションの内容などについての概要を紹介する。
 まず、今回の3,000万ドルという予算規模は、4月21日の市長記者会見での発表によると、ニューヨーク市の直近の平時の広告予算が約300万ドルであることから、今回の観光復興キャンペーンに対しておよそ10倍の予算措置がなされたことになり、過去のニューヨーク市においても例を見ない史上最大のものとなっている。
 この史上最大の観光復興キャンペーンは、大きく分けて3つのフェーズにより構成されており、第1フェーズと第2フェーズがアメリカ国内向けのキャンペーンであり、第3フェーズが国際市場に焦点を当てたキャンペーンとなっている。
 第1フェーズは、主に近隣州であるアメリカ北東地域の2021年夏の国内旅行をターゲットとして、AAA Northeast(アメリカ自動車協会ノースイースト支部)とのコラボレーションによる800万人のAAA会員をターゲットとした自動車旅行者向けの広告キャンペーンや、「この夏、友人や家族をニューヨーク市へ招待しよう」というニューヨーク市民からの情報発信をターゲットとしたソーシャルメディアやデジタル広告を活用したプロモーション、8週間の旅行懸賞プログラムなどが6月24日から展開された。
 第2フェーズは、米国内23のデジタルメディアを活用し、国内全体に向けたテレビスポット・ビデオスポットによるキャンペーン戦略であり、2021年の夏・秋・冬それぞれの季節にニューヨーク市で旅行者が楽しめるものにスポットを当てて放送される。7月8日に公式発表された初回のテレビ・スポットでは「Where Were You in the Summer of ’21?(あなたは2021年の夏どこにいましたか?)」というキャッチフレーズから始まり、ニューヨーク市の飲食店やホテルなどがオープンしている様子、サマーライブや夏のオープンストリート(ストリートでのイベント)の様子が流され、「旅行者が最大限楽しめるニューヨーク市の夏」というポジティブなイメージを広げるような構成となっている。なお、この動画は8月30日からスタートした全米オープンテニス2021において試合の合間に会場スクリーンで放映されており、注目が集まるイベントなどの様々なシーンで利用されている。

7月8日に公開されたテレビスポット(ニューヨーク市公式ガイドホームページより抜粋。動画はコチラ
 この動画のほか、NYC&Companyは、「2021年夏のニューヨーク市の見どころAtoZ」を発表し、再オープンした有名な観光名所や、セントラルパークで開催されるコンサート、6月に新たにオープンした「ハリーポッターストアニューヨーク」などの具体的な訪問先の魅力を紹介している。

ハリーポッターストアの紹介(ニューヨーク市公式ガイドホームページより抜粋))
 また、ニューヨーク出身の著名人によるインフルエンサーキャンペーンを展開しており、公式ガイドホームページで著名人のお勧めのスポットを紹介するほか、FacebookやInstagramを用いたプロモーションを行っている。

ニューヨーク出身の著名人によるおすすめスポットの紹介(ニューヨーク市公式ガイドホームページより抜粋)
 今後は秋、冬とテレビスポットが公開されていく予定だが、秋のテレビスポットでは9月から公演が再開されるブロードウェイを中心に構成されるだろう。
 第3フェーズでは、国際市場にターゲットを向け、デジタル広告を中心としたキャンペーンが展開される。今年の夏は、スペイン語によるキャッチフレーズ「New York City, El Momento es Ahora(IT’S TIME FOR NEW YORK CITY)」を利用してメキシコをターゲットとして展開され、次いでカナダと南アメリカをターゲットとしてキャンペーンを展開、以降は渡航制限の状況を見ながら、イギリス、ヨーロッパ諸国、その他の主要地域をターゲットとして展開される予定である。

【観光客数の推移予測】
 観光復興キャンペーンの展開により、NYC&Companyはパンデミックで落ち込んだ観光客数について、年次レポートの中で次のように報告している。

観光客の推移予測(NYC&Company年次報告書(2020-2021)より抜粋)
 パンデミック前までのニューヨーク市の観光客数は年々右肩上がりであり、2019年には6,660万人に達していたが、パンデミックにより2020年は2,230万人までの落ち込みをみせた。パンデミック前までの観光客数に戻るまでは2024年までかかるものと予測している。しかし、これらの予測はデルタ株による感染拡大前のワクチン接種率の拡大、感染率の低下、それに伴う各種規制の解除の状況などを前提とした予測となっているため、今後の状況次第で予測の変更も十分に考えられるだろう。

【観光復興キャンペーンが与えるニューヨーク市への影響について】
 以上、説明したとおり、NYC&Companyは、段階的にターゲットをシフトさせていく戦略の観光復興キャンペーンを展開することにより、2024年までに観光客数を回復させる見込みを立て、その資金として米国救済計画法に基づく地方支援金から多額の資金が提供される。
 これは、ニューヨーク市にとって観光産業が重要な位置付けを占めていることを示している。世界的に見てもパンデミックはホテル業界に大きな打撃を与えたが、ニューヨーク市においては、市の報道資料によると、観光客やビジネストラベラーの激減によりホテルの入居税は約89%減少し、その影響により2020年3月から12月にかけてレジャー・ホスピタリティ部門は約257,000人の失業者を生み出すこととなった。すなわち、ニューヨーク市における雇用の回復のためには、ホテル業界の回復が非常に重要であり、そのためには観光業の回復が必要不可欠なのである。先ほどの報道資料においても、ホテル業界の救済の一環として、ニューヨーク市は期限付きでホテル入居税を撤廃する措置を講じているが、ホテル入居税の撤廃によるホテル業界の救済と観光復興キャンペーンによる観光客の呼び戻しの両輪の輪で回復を加速させていく旨を報じている。

【最後に】
 以上、6月からスタートしたニューヨーク市の観光復興キャンペーンについて紹介してきた。キャンペーンはまだスタートしたばかりであり、デルタ株による感染拡大の影響もあることから、当初の予測のとおりに回復していくのかどうかはまだ見えておらず、当然、計画されているキャンペーンの内容や予測も状況に合わせて変更されることも十分に考えられるだろう。
 いずれにしても、感染拡大を抑えつつ経済活動を再開させていくことは、世界の各都市における重要課題であろう。その中で例年の10倍の予算措置を講じて進めていくこの取り組みを「IT’S TIME FOR NEW YORK CITY」のキャッチフレーズに聞き耳を立てながら、動向を注視していきたい。

(安浪所長補佐 熊本市派遣)