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米国の地方移住支援の例


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米国は他国同様、過疎化現象があり、地方と都市圏の社会的・経済的格差が大きくなっています。これを背景に、少しでも「逆流」を起こすように米国の州あるいは地域や地方都市が様々な戦略に基づいて移住支援対策を構成しています。

仕事と住まい
これまで人口が停滞あるいは流出している地域は、多くの場合、仕事またはキャリアを育成する機会があまりないことが原因と考えられてきました。そのため、人口を増やすには、仕事の口を増やすことが第一条件であり、従って、個人に対する移住の促進よりも企業を誘致する事業を中心に実施されてきました。

この傾向に大きな変化をもたらしたのが新型コロナウィルスです。これまでテレワークはギグワーカーなどの一部の職種を除き、多くの企業において広範に認められるものではありませんでしたが、コロナウィルスの流行により、在宅勤務が大勢の人にとって一般的なものとなりました。その上に、都市を後にして故郷に戻ったり郊外に引っ越したりする傾向が著しくなりました。

ピュー・リサーチ(Pew Research)の調査によると、自宅から仕事ができると答えた人のうち、実際に在宅勤務・テレワークをしていたのは、パンデミックの前は20パーセントでしたが、2020年現在では71パーセントになりました。また、パンデミックが終わってからも、54パーセントが続けてテレワークをしたいと回答しています。しかし、全ての職種で在宅勤務が可能なわけではなく、学歴と経済的地位によってかなりの差があります。大卒であれば、64パーセントはテレワークができると答え、大卒ではない人の場合は23パーセントにとどまります(全体では38パーセントがテレワーク可能・62パーセントが不可能と回答)。もちろん、移住できるかどうかも、これによって左右されます。

また、Forbesによると、パンデミックの間テレワークをしている人に対して行われた世論調査により明らかになったのは、それらの人の大半が今後もテレワークを続けたいだけではなく、もし雇用主に許されないと転職するとの答えが目立ちました。

この傾向を見て考えてみると、テレワークが可能な層をターゲットにすれば、その地域で仕事が提供できなくても、移住者を引き付けることができます。雇用主がテレワークを認める限り、コロナウィルスによる緊急事態が解消されても、ある程度まで、どこに住んでもいいので、通勤の便より生活環境が住居を選ぶ上での第一条件となります。

様々なインセンティブ
実際に移住政策の例を見ると様々な形があります。移住支援の主な目的は町の住宅販売と納税ベースを増やすことですが、将来的に企業を招致するために技術を有する人を集めたり、人手不足を解消したりする狙いもあります。すべての理由が絡んでいる例もあります。

また、事業によって、州政府あるいは地方団体が直接実施する例もあれば、地元の企業・非営利団体・基金が設立し、経営する例もあります。どちらにしても、政府側と民間・非営利側が調整・協力をします。

大勢の場合は、前者の、住宅販売と納税ベースを増やす目的があります。サウスウェストミシガンやアイオワ州ニュートン市が二つの例です。

サウスウェストミシガンの場合、コーナーストンアライアンスという非営利団体の事業の一つにより、20万ドル以上の住宅を買うと1万5千ドルの「助成金」が支給されます。実際に居住することが条件となっており、これを満たさないと返済する義務がありますが、居住一年ごとに助成金の5千ドル分が帳消しされる形となっています。助成金とともに、さらに5千ドル相当の支援(カーサービスやスポーツクラブの一年間のメンバーシップなど)が選べます。申請条件として、申請の時点でミシガン州住民ではなく、サウスウェストミシガン地方以外の会社にフルタイムで働いていることなどがあります。

 

アイオワ州ニュートン市は人口約1万5千人、アイオワの州都デモインより車で30~40分東にある田舎町で、サウスウェストミシガンのような風光明媚なところではありませんが、閑静で生活環境がいいところとして町の魅力をアピールしています。同市は、18万ドル以上の新築住宅を買うと、現金1万ドルと2,500ドル相当のウェルカムパッケージがもらえます。10万から18万ドルまでの住宅を購入すれば5,000ドルの現金、それ以下であれば、固定資産税の免除がもらえます。

オクラホマ州のタルサ市は、2018年から移住支援を実施し、ニューヨークタイムズによると、住民を増やすとともに、将来的に技術を有するワーカーを招致する目的があるそうです。タルサリモート(Tulsa Remote)という事業はカイザー・ファミリ財団によって2018年11月にリモートワーカーを招致するために設立されました。条件を満たす人(2021年にタルサに移住でき、フリーランスあるいは地域以外の会社でリモートで仕事をするなど)が1万ドルの助成金を、引越し時点及び月々に分割して支給され、1年経過時点でその残高をもらいます。あるいは、家を購入するために使える一括での1万ドルの現金を支給されます。これとともに、コワーキングスペースなど、他の支援もあります。ウェブサイトによると、2020年に375人以上の移住者を歓迎しました。

 

メリーランド州のボルチモア市は、大都市としては例外的に積極的な移住施策を行っています。リブボルチモア(Live Baltimore)という非営利団体は、1950年代からの人口流出に対処するために1990年代に設立され、街を復活させる狙いがあります。街の魅力のPRと共に、物件を購入する際の手数料などに使える5,000ドルのインセンティブや様々な情報を提供します。このインセンティブは、年三回行われる不動産を紹介する「トロリーツアー」と連携し、ツアーに参加することが申し込みの条件となっています。同事業はパンデミックやテレワーク普及のはるか以前からの試みですが、この新時代の条件が追い風になるかどうかが課題です。

 

バーモント州は二種類のサポートがあり、現地の会社に勤める「新規就労者移住助成金事業」(New Worker Relocation Grant Program)と、同州以外にある会社に勤めてリモートで仕事をする「リモートワーカー助成金事業」(Remote Worker Grant Program)の二つです。移住費用一万ドルまでを支給していましたが、現在、プログラム内容の見直しを図っており、新規申請を受け付けていません。

 

メーン州の移住支援は日本のものによく似ていると言えるでしょう。過疎が著しく、人手不足がパンデミックの前から深刻でした。現在、様々なビジネスが営業再開を図る中で、様々な原因によって従業員の確保がますます難しくなっており、移住促進政策として就職活動や学生ローンの返済の支援を行うとともに、クオリティ・オヴ・ライフ(生活の質)をアピールし、人口流出に歯止めをかけ、新しい州民を呼び寄せようとしています。

ワンストップショップ
最近まで、このような移住者の誘致事業があっても、各自治体が独自に行っているため、興味のある人にとって、探り出すのがかなり手間のかかる作業でした。しかし、2021年1月から、「メークマイムーブ」(MakeMyMove) という会社が登場し、ウェブサイトを通してまとめて調べて比較できるようになりました。メークマイムーブは、もともとインディアナ州に人材を呼び寄せる目的の会社TMapが在宅・リモートワークの爆発的な人気をベースに全国的なビジネスチャンスがあると見て、リモートワーカーを中心に全米の移住促進政策を支援するために設立されました。

 

TMap社は元々ソーシャルメディアなどから情報を集めて分析し、インディアナ州にゆかりがあって、地元の会社が求めている技術を有する人を探り出し、ラブコールをかけます。TMapの独自のソフトウェアをベースに、MakeMyMoveが全国的に移住者募集活動を支援します。

データ分析とともに、従業員にも会社にもサービス提供をします。会社やコミュニティにデータ分析やマーケティングのキャンペーンの作成、ワーカーにオファーの情報を一か所に集めるとともに、個人の相談に対し、その人の理想的な生活環境や仕事の条件を取り入れたDesign My Moveというカスタマイズの移住パッケージをデザインし、その条件を満たす移住先を探ります。

パンデミックが収束しても、ある程度までテレワークが続きそうです。そうなると、職場と居住地が離れていても差支えがなく、このような新型移住促進事業も続きそうです。

Matthew Gillam
上級調査員
2021年7月22日