03 7月 2020

ニュ-ヨーク市の経済格差とコロナウィルス対策: 上

ニューヨーク市のコロナウィルス感染状況とその格差の把握と基本対策

今年の4月上旬に、ニューヨーク州のコロナウィルスによる感染者数や死亡者数が世界一となり、その大半を占めたニューヨーク市が最悪のホットスポットとなりました。しかし、同市内の各区域で均一に感染が発生したわけではありません。状況の把握には時間がかかりましたが、次第に浮かび上がってきた課題を踏まえて対応するとともに、留意すべき地域の意識も3月から徐々に進化してきました。

ニューヨーク市周辺の感染爆発の要因として、人口密度の高さとヨーロッパからの来訪者が1月から3月の間に300万人あったことが指摘されています。両方とも確かにありますが、分析してみるとさらに複雑な事実が浮かんできます。

ニューヨーク市のジップコードごとの感染率

ニューヨーク市のジップコードごとの感染率

主な感染経路について、当初は、海外旅行や海外出張をする人、また、そのような人たちと交流する機会の多い富裕層が一番感染の危険性が高いのではないかと懸念されました。これを裏付けるように、ニューヨーク市の郊外にあるニューロシェル市で3月の上旬にニューヨーク州初のホットスポットが発生し、その「Patient zero」は同市の弁護士で、海外旅行が最近なく、「Community spread」(感染経路不明)によって同州で二番目に確定されたコロナウィルス患者となりました(第一はイランから帰国したニューヨーク市に住む医療供給者でした)。その後引き続き、ニューヨーク市やボストン市などでの会議に出席した医療関係者や会社員が感染したという情報もありました。

感染状況を把握するのに、当初は検査が病院と少数のクリニックに限られて行われており、キャパシティが不足していました。そのため、州はドライブスルー式の検査場を郊外に設置して検査体制の強化を図りましたが、感染者の急速な増加に全く追いつかず、検査の必要な人であふれかえる状況でした。この段階では、州民生活に「必要不可欠」な業務を除く経済社会活動をシャットダウンして人と人との接触を最大限減らすとともに、手洗いや消毒の励行など、社会全体に向けた対策が次々にとられました。これは「第一段階」と言えるでしょう。

「第二段階」では、「必要不可欠」な業務に従事する人(エッセンシャルワーカー)の感染リスクが懸念されました。確かに、公共交通機関を一つの例としてみると、3月から5月28日の間に、地下鉄の運転手285人、車掌178人(バスの運転手のデーターが入手できず)も含めたMTAの職員1,937人のコロナウィルス感染が確認され、総計127人が死亡しました。医療従事者等の感染・死亡の報道も多数ありました。3月の時点では、公共交通機関の職員はマスクを着用しないよう命令されました(参考:GothamistNew York Times)。当初は医療現場ですらマスクが不足しており、医療従事者向けの確保を優先すべきとされていたためです。ところが、4月に入って以降方針が180度転換し、医療従事者以外のエッセンシャルワーカーもマスクを着用すべきとされ、4月中旬以降は雇用主によるエッセンシャルワーカーへのマスク提供が義務となりました。これとともに、バスに乗客が(運賃を払わずに)後ろのドアで出入りする仕組みになり、客席と運転手の間にプラスチックシートが張られて前のほうに座れないようになりました。地下鉄も、5月の上旬から、ホームレスをホテルなどに行かせ、毎日午前1時から5時までの間シャットダウンして除菌作業を行い始めました。

このように、初期の段階でのマスク着用に関する混乱などにもかかわらず、5月6日に発表されたデータを見ると、エッセンシャルワーカー(医療従事者、警察・消防士、公共交通機関職員等)の感染率が一般市民に比べて低いと分かりました。これは、おそらく、防護具の着用等の対策がとられるようになって以降、安全性が一般人より良くなったではないかと考えられます。

ただし、このデータには、エッセンシャルワーカーのうちスーパー等の店員や配達等に従事する者は含まれていない点に留意が必要です。結局、高所得者層でも公務員でもなく、一番感染率が高いホットスポットが見過ごされていることが次第に明らかになりました。「第三段階」として、ウイルス抑制対策の必要性が高いのは、貧困で、医療施設が少なく、車を持っていない人が密集している区域であるとの認識が高まってきました。公務員のエッセシャルワーカーは防護具を着用するようになってからも、それ以外のエッセンシャルワーカーは必要な防護具を利用していたかどうかに疑問があります。

 

低所得者層が特にウイルスに弱い原因はまだ完全には解明されていませんが、在宅勤務が不可能なエッセンシャルワークに就いていてリスクに晒されやすい環境にある者が多いことに加え、教育、慢性的な健康問題、住環境、情報へのアクセス等が問題視されています。

社会的にも経済的にも不利な状況にある区域へのアウトリーチが3月から4月にかけて不足し、4月下旬以降、多くの区域で感染が収束し始めてからも、特定の区域に根強く残っていることが段々わかってきました。感染データなどを見ると、州と市がそれらの区域に対して適切な対応策をとらない限り、ニューヨーク市周辺のゾーン全体が再開できないことが明らかになりました。従って、州政府は教会や大手病院と提携して検査所の増加・情報提供その他の対策、また、市はニューヨーク市住宅公社(NYCHA)を通してアウトリーチに改めて注力しました。検査が容易にできないと感染の拡大状況が分からなく、個人的にも行政側の対策も情報不足で効率よく行動できませんでしたが、それでもニューヨーク市が提供し始めたデータ(https://www1.nyc.gov/site/doh/covid/covid-19-data.page)を見れば、一番感染率や死亡率が高い区域(Neighborhood)は、貧困の多いところで、率の低い区域は大体裕福なところだと入院患者数などを見て明確でした。

人種別の情報収集が行われたのは4月以降ですが、参考までに、ニューヨーク市の6月8日現在のコロナウィルスのデータを見ると、以下の通りです。

人種 感染者数 割合 入院者数 割合 死亡者数 割合
ヒスパニック 35,332 33% 14,748 34% 5,287 34%
黒人 32,053 30% 14,320 33% 4,747 30%
白人 30,741 29% 10,830 25% 4,321 28%
アジア系 7,983 7.5% 3,402 8% 1,309 8%
総数 106,109 43,300 15,664

(ニューヨーク市保健局)

これとの背景に、人口の割合と経済力を見るとさらに非白人の状況が明らかになります。

人種 人口の割合 平均収入 (2014-2016) 貧困の家庭の割合
白人
42.7%*
$80,301
8.1%
アジア系
13.9%
$59,413
17.1%
黒人
24.3%
$42,602
19.2%
ヒスパニック
29.1%
$37,489
26.0%
市全体
99.4%*
$60,762 (2014-2018)
18.9%
(*白人とヒスパニックのは多少重複します. ヒスパニック系を除いたら32.1%) (ニューヨーク州保健局 と 連邦国勢調査局:

少し言い直すと、人種別での統計を見ると、入院患者は黒人(10万人に1,554人)、ヒスパニック(10万人に1,459)・白人(10万人に971人)・アジア系(10万人に587人)の感染者が多い順で、死亡者は、ヒスパニック(10万人に236.78人)・黒人(10万人に220.62人)・白人(10万人に110.14人)・アジア系(10万人に101.87人)の順となっています(Covid Data Page)。

前述のとおり、感染率が高い要因の一つとして、早い段階から人口密度 の高さが指摘されています。データを見ると、低所得と合わせて、住民が密集している区域に住んでいると危険性が高くなるとの解釈ができます。同市の平均人口密度が一平方マイルで27,000人で、東京の一平方マイルで15,949人より高いです。

これを念頭に、一つの例として、同市の中でウィルスのピークで一番圧倒されていた病院のクイーンズ地区のElmhurst Hospitalの周辺を見ると、貧困で人口密度が高いことが目立ちます(住民の54.3パーセントがヒスパニックで、平均収入が$54,250・人口密度が一平方マイルで41,600人 - 二階建住宅が複数のアパートに区分けされているケースが多々ある)(Furman Center data)。

それから、4月から5月にかけてクイーンズ地区よりブロンクス地区の状況が市の最悪となってからも、他の打撃を受けた区域を見ると、非白人の低所得者が多く、部分的にも(公営住宅など)あるいは全面的にも人口密度の高いところが中心となっています。

すなわち、低所得者で、エッセンシャルワークに従事していて在宅勤務ができず、外出を余儀なくされる人が多いので感染の危険性が高い上に、狭いアパートで二・三世代が一緒に暮らしているため隔離ができない場合が多いと想定されています。しかし、これほど単純な因果関係ではなさそうです。先に述べた公共交通機関の職員等の感染率を見ると、防護具の着用などの要因もあるので、仕事のための外出と感染レートの関係は決定的とはいえませんが、危険性を左右する要因の一つではないかと想定できます。

さらに分析を複雑にすることは、同じ5月の感染者の調査によって、「外出していない」と伝えた回答者が84パーセント、感染経路が不明瞭の場合が大半を占めました。感染者本人が「外出していない」場合でも、家庭の状況(同居人が外出している等)が報告されていないので、家庭の中での社会的距離や防護具の着用、また、手をよく石鹸で洗ったりサニタイザーを使ったりする必要性の認識などの問題が原因ではないかとの可能性が残ります。この点については、コンタクトトレーシングの結果が入手できない限り断定できません。比較的に高い感染レートだけが確かです。

日本の「3密」(密閉・密集・密接)を念頭に置いてみると、低所得者はニューヨークの高い家賃を払うために、密度の高い公営住宅や大勢の人が一緒に暮らす狭いアパートに住んでいる人が多いです。また、上で紹介した仕事の状況と、少なくとも、2月・3月の時点で、マスクなどを利用しない乗客と一緒にぎゅう詰めの公共交通機関(地下鉄とバスを主に)に乗って通勤し、帰宅してからも、「3密」を完全に避けることがほとんど不可能に近い状態でした。この上に、マスクを着用したり積極的に掃除したり、手を洗ったりしなければ、感染レートが高くてもおかしくありません。

人口密度と住居の状況の課題について、対照的な例として、さらに人口密度の高いマンハッタンのアッパーイースト(平均収入が$123,710(2018年現在)・人口密度が一平方マイルで102,800人)とアッパーウェスト(平均収入が$123,840・人口密度が一平方マイルで64,500)があります(両方とも高層ビルや4・5階建てのタウンハウスが多い)。同地域のほうは、感染レートが低いです。

ニューヨーク市衛生局(Department of Sanitation / DSNY)の発表されたデーターによると、ごみ収集の量を見ると、大勢の人がこの区域から疎開し、別荘などに疎開したのではないかと、また、残っている場合も、金融関係等の在宅勤務できる人が多いと想定されています。「3密」がほとんど避けられる状況です。つまり、人口密度よりも、経済力に決まる居住の状況のほうが決定的でしょう。

なお、一人当たりの居住面積は、New York Timesによると、クイーンズ地区は一人当たり329平方フィート(約30.5平米)、マンハッタン地区は一人当たり393平方フィート(約36.5平米)です。おそらく、エルムハーストとアッパーイースト・アッパーウェストの格差はさらに大きいでしょう。

他の区域も詳細が多少異なるとしても、仕事や居住状況によってウィルスとの接触の可能性が左右され、結果的には同じようなことが見れます。

当初、ウイルスは「平等に危険」と言われていましたが、現在までの状況の推移を見る限り、人種やそれに伴う貧富の差によってかなり不平等であることが明らかになってきました。これはニューヨーク市に限った問題ではなく、全国的です。密度・貧富の差・情報提供・医療アクセス・社会的地位による健康・生活環境などの要因が重要です。全面的にこのような社会問題を考え直す必要があるとの声もありますが、その論争がどのように展開するかはこれからの課題です。

Matthew Gillam
上級調査員
2020年7月3日