コンテンツへスキップ

ニューヨーク市:ハリケーンアイダ以降のグリーンインフラ (下)

グリーンインフラ:ニューヨーク市の観点から

このレポートの「上」では、グリーンインフラの基本的な概念や、拡大する課題に対するニューヨーク市による先進的な取り組みに焦点を当てて紹介しました。また、これらの取り組みにおける非営利団体やコミュニティの活躍の例として、ゴワナス・カナル・コンサーバンシ(GCC)の活動を取り上げました。

「下」では、ニューヨーク市、特に環境保護局(Department of Environmental Protection / DEP)による、下水道システムへの負担を軽減する取り組みを紹介します。気候変動の影響による豪雨被害を受けて、近年、対策が強化されています。


ニューヨーク市の「水」

ニューヨーク市の歴史は、まさに「水」の歴史です。港町として成り立ち、ハドソン川を通して内陸から(最初はニューヨーク州の北部から、その後イーリー運河ができてからはさらに西から)物資が運ばれ、世界に出荷されました。さらに、世界から物資や人がこの拡大する新しい地域に流れ込みました。市とその周辺は、文字通り「水」によって養われていました。特に、島々や河口周辺には牡蠣の養殖場が豊富にあり、ここで育てられた牡蠣は直径数十センチまで大きくなったものもあったそうです。

しかし、真水の獲得と下水の処理も市の発展の重要な課題となりました。ニューヨーク市の歴史に書かれているように(例えばDEPのサイトスミソニアンマガジン)、市民は長い間疫病や水不足に悩まされ、何十年も経ってようやく市は真剣に対応を始めました。その結果、世界的に優れている上水道のシステムが誕生しました。しかし残念なことに、下水道は先見性のない排水システムで、下水を直接周囲の川に流してしまうという問題を抱えていたのです。19世紀の終わりに市が下水処理場を整備し始めましたが、処理施設に接続されていない地域から、また大雨の際には処理施設に接続されていたとしても、雨水と下水の両方を運ぶシステムの一部がオーバーフローを起こし、下水が大量に周りの水路に流れ込み続けました。この「合流式下水道越流(CSO)」によって魚介類は毒され、特に豊富にあった牡蠣の養殖場はほとんど壊滅し、市周辺の水域は人間が泳いだり魚釣りをしたりするには危険な場所になってしまったのです。

このレポートの「上」で述べたとおり、1972年の「水質浄化法(Clean Water Act)」によってCSOへの対応策が実施されはじめ、市の周りの海や川が徐々に蘇ってきました。しかし、CSOの問題は依然として残っており、近年、人口の増加や気候変動の影響によってさらに悪化しています。このような問題に対応するために、グリーンインフラが重要な役割を果たすようになったのは、前回のレポートのとおりです。

取り組みの進化

2008年の「PlaNYC Sustainable Stormwater Management Plan (SSMP)」で明確に示されているとおり、当初は水質改善が主な課題でした。しかし、2012年のハリケーンサンディ以降、海岸の浸水などにも重点が置かれるようになりました。さらに、2021年のハリケーンアイダ以前に、すでに集中豪雨(クラウドバースト)も着目され始めていました。

市は、1996年のグリーンストリート事業や2007年のミリオンツリーキャンペーン等、緑化の促進や密集している都市環境から生じる様々な問題を解決するための個別の取り組みを数多く実施していましたが、これはブルームバーグ市長による総合計画「PlaNYC」の幅広い分野の取り組みに盛り込まれました。散在していた雨水と下水の問題への対策は、2008年のSSMPに集約され、「the City’s first comprehensive analysis of the costs and benefits of… alternative methods for controlling stormwater(市として初の雨水制御のための代替案の費用と効果に関する包括的分析)」となりました。この計画は2011年に更新され、2012年に進捗報告書が発表されました。その基本方針は、2021年5月の「New York City Stormwater Resiliency Plan (SRP)と同年10月のハリケーンアイダのレポート、「The New Normal:Combatting Storm-Related Extreme Weather in New York City」等に引き継がれています。

SRPは、市の幅広い関係機関のスタッフが外部のコンサルタントや学者と協力して行った2017年の雨水強靭性調査の成果です。2018年、ニューヨーク市議会は市法172 (Local Law 172)を可決し、気候変動により予測される冠水を示す地図と、この冠水を防止または軽減する計画の作成を義務付けました。


ニューヨーク市の雨水による冠水予測地図

市は気候変動による雨量の増加等の影響を予測し、データ収集や計画、そして市民の意識向上や情報提供の強化に乗り出しましたが、結局は市が準備するよりも早く災害が起こってしまいました。ハリケーンアンリが2021年8月21日に1時間に約50ミリの豪雨をもたらして1時間降水量の記録を更新した上、1日に約110ミリ、2日間で約180ミリという記録的大雨を降らせました。しかし、間もなく同年9月1日にはハリケーンアイダによって、市の一部に1時間80ミリ以上、24時間で約180ミリの大雨が降り、ハリケーンアンリの記録を打ち破りました。市内だけで13名が犠牲となり、そのうち、11名が急激に浸水したクイーンズ地区の地下アパートで溺死しました。

DEPによると、ハリケーンアイダによって冠水したエリアは地図で予測された被害とほぼ一致していましたが、予測された降雨量は発生する確率が統計的に非常に小さいと考えられていました。しかし残念ながら、計画されていた冠水の測定や警告のシステムはまだ構築されておらず、状況を把握し、危険な状態にある市民へ警報を出すことはほとんどできませんでした。

10月4日に、市がこの2つのハリケーン被害を受けた取り組みとして「The New Normal: Combating Storm-Related Extreme Weather in New York City」を発表しました。その中で、特に下記の対策が示されました。

  • 異常気象に対する市民の啓発と準備態勢の向上
  • 最悪の事態を想定したより積極的な計画の形成
  • 観測・モデルづくり・警報システムのアップグレード
  • 内陸部、特に低所得者などのコミュニティや地下のアパートに住む市民の保護の強化
  • グリーンインフラや他の集中豪雨対策の導入等による下水・雨水の処理能力の向上

    事業

    DEPのグリーンインフラの地図を見ると、今までの事業の大半がクイーンズ区とブロンクス区で行われていることがわかります。バイオスウェルやその他のグリーンインフラは5つの行政区全てに設置されていますが、大規模かつ最先端の事業は、下水道が不足しており、冠水しやすいクイーンズ区で実施されています。また、これらの地域は、市内で最も汚染された水域につながる下水道の流域でもあります。DEPは、このような地域ではグリーンインフラが緩衝材のような役割として用いられ、不十分なグレーインフラを改善するまでの臨時対策であると説明しました。しかし、グリーンインフラの規模や性質を見る限り、明らかに恒久的な設備になりそうです。なぜグリーンインフラの大半がクイーンズ区とブロンクス区に配置されたかという質問に対してDEPは、適切な下水道システムが設置される前に多くの開発が行われたという事実のほか、地理的な理由もあると回答しています。マンハッタンにはグリーンインフラがほとんどありませんが、冠水があまり問題となっていません。これは、地形のおかげでしょう。細長い島で、水が両脇へ流れ、すぐ川に流れ込みます。その上、ブルックリン区の中心部同様、一世紀以上にわたって市街地として開発され、インフラ整備も他の地域に比べ、より進んでいます。一方、クイーンズ区は、比較的最近まで農場であった開発の遅いエリアで、水はけの悪い沼地で構成されている上に、当時の数少ない人口に合わせて下水道が整備されたため、冠水が発生しやすいのです。ブロンクス区やスタテンアイランド区も同様で、都市の開発に対してインフラ設備が不十分でした。しかし、スタテンアイランド区は1990年から開発されてきた「ブルーベルト(※)」というシステムによって状況は改善しています。また、クイーンズ区ほどではないものの、ブルックリン区にも数多くプロジェクトがあり、その大半が北東のクイーンズ区に隣接している冠水が多い地域に集中しています。

    (※)自然の排水路を保護しながら、雨水を運搬、貯水、ろ過などの機能で処理する排水システム。https://www1.nyc.gov/site/dep/water/the-bluebelt-program.page

    2008年のSSMP(Sustainable Stormwater Management Plan:持続可能な雨水管理計画)の中の、下水道に対する苦情のレベルを示した地図には、クイーンズ区の南東部が、市内で下水道の溢出が最もひどい三か所のうちの一つであることが明確に示されています。ほか二か所は海岸に位置するため、流入の問題も影響しますが、クイーンズ区の南東部は内陸にあるため、雨水・下水の排出量のみが問題となっています。DEPの総合水管理担当マネージングディレクターのAlan Cohn氏によると、グリーンインフラの開発でクイーンズ区南東部に着目した主な理由は下水道の容量不足です。2020年のニューヨーク市グリーンインフラ年次報告書p.48でもこのことに言及しており、この地域は過去10年間、市内で最も苦情が多かったと述べています。

    多数の道路用地(ROW)のバイオスウェルやその他の比較的小さな設備に加え、セントアルバンズ、ニューヨーク市住宅局(NYCHA)のSouth Jamaica Houses (SJH)、ロイウィルキンスパーク、コンセリアパーク、ベースリーポンドパーク、およびそれらの周辺地域で大規模プロジェクトが企画、進行、完了しています。

    セントアルバンズ地区においてDEPは、雨水の流れを分散し、下水道の負担を軽減するために特定の道路を再舗装するとともに、下水道に到達する前に水を迂回させて保持するためのバイオスウェルを多数設置しました。2020年の「グリーンインフラ年次報告書」によると、100以上の道路用地のバイオスウェルがセントアルバンズとカンブリアハイツの区域に設置されたとのことですが、DEPは現在その数をさらに増やすために、企画の段階に入っているそうです。

    ロイウィルキンスパークには大規模なバイオスウェルが作られました。この工事の一環として、DEPと公園・レクリエーション局は、この公園の西側にあるメリックブロバードという道路に排水口を設置しました。これにより、雨水をバイオスウェルへ流し、地下の貯水槽や改良された土壌、植物によって、水を溜め、ゆっくり分散させます。また、公園内の池を深くし、水を自然に貯められるようにしました。この水が一定量を超えると下水道に流れ込みます。バイオスウェルだけで年間約350万リットルの雨水を処理することができ、池はさらにその能力を高めています。地図上では、バイオスウェルのみ表記されています。


    ロイウィルキンスパークにあるバイオスウェル(と遠くに見えるバイオスウェルへの排水口)


    ロイウィルキンスパークの新しく掘りなおされた池

    市のCloudburst Resiliency Master Planの一環として、クイーンズ区にあるNYCHAのSJH周辺で増加している冠水に対処するための大規模なプロジェクトが2018年に開始されました。このプロジェクトはグリーンインフラを利用して、冠水防止だけではなく、社会的、環境的な便益を提供することが企画されており、市民参加を募る「シャレット」というイベントを通じて住民の意見を集めるワークショップも行いながら計画が策定されました。まず、NYCHAとして初めてのグリーンインフラのパイロットプロジェクトが、敷地の一部で2024年から行われます。このプロジェクトの調査や計画づくりにおいて、DEPとNYCHAは設計事務所のMarc Wouters | Studiosと提携し、South Jamaica Houses Cloudburst Master Plan 2018 を作成しました。これはランボルという会社が実施し、2017年に完了した調査、Cloudburst Resiliency Planning Study に基づいて作られました。最終的には、この住宅地の周辺地域にもグリーンインフラを拡大する予定です。

    SJHでは、約9.3ヘクタールの緑豊かな敷地が歩道等で区画され、3・4階建てのアパート27棟におよそ2700人が住んでいます。2018年に調査が行われ、敷地内と周りの地域の冠水問題を緩和し、下水のインフラへの負担を軽減する方法が探られました。この目的を達成するために住民、コンサルタント、設計事務所、NYCHAとDEPが協力し、様々なグリーンインフラを取り入れる計画が時間をかけて作成されました。SJHには、既に、活動的なコミュニティガーデンの団体があり、このグループを含め、住民の声を聴くためのデザインシャレットや一連のワークショップが何度も行われました。グリーンインフラが取り入れられるほぼすべての要素(コミュニティガーデン、バスケットボールコート、遊び場、広場など)は、地域住民に副次的な便益を生み出し、利用されているという事実、そして本レポートの「上」で述べたとおり、維持管理はボランティアが不可欠であることから、こういった地域住民の賛同は非常に重要であるといえます。


    SJHでのバイオスウェルが計画されている場所


    現在のSJHのバスケットボールコート

    課題

    DEPにとって、継続的な注意を必要とする2つの課題は、観測と維持管理です。DEPによると、現存のグリーンインフラは、ハリケーンの際にも概ね計画通りに稼働したと考えられるが、観測・測定能力が不足しているため定量的に評価することが難しいと述べました。今後、予測と実際の性能の比較や最適な設計を可能とするためには、観測できるようにする必要があります。現在、そのようなシステムが計画されていますが、まだ開発段階で配備されておらず、さらに時間が必要です。また、市はGCCが指摘したように、費用対効果が高く、使いやすい観測システムの確保という課題にも直面しています。現在、技術的な観測システムがないため、ニューヨーク市のレインガーデンの維持管理のニーズは、DEPの職員の記録と市の311システム(コールセンター)を通じて寄せられる市民からの情報に基づいて追跡されています。

    市は比較的簡易な冠水観測システムを開発し、現在配備を進めています。しかし、単に水の深さを測るこのシステムよりもバイスウェルの性能を測るシステムのほうがはるかに複雑です。FloodNet (参考に:https://www.floodnet.nyc/https://engineering.nyu.edu/news/floodnet-hyperlocal-flood-sensors-support-real-time-flood-monitoring-flood-response-and-urban)は、ハリケーン・高潮・集中豪雨等によって水位が上昇した際に、市民への早期警報を行うシステムです。このシステムは、バイスウェルが冠水を防ぐ目的を達成しているかどうかを測定するのに役立ちますが、GCCが示したバイオスウェルの維持管理に利用する植物の健康状態や水の吸収能力などのデータを提供することはできません。FloodNetは、学術研究機関と市長室(気候変動対策室と最高技術責任者室)との共同事業です。

    このレポートの「上」で述べたGCCからの維持管理に関する情報を参考に、DEPに質問したところ、グリーンインフラの効果的な稼働にボランティアは不可欠ですが、彼らができることに限界もあると指摘されました。DEPが公園・レクリエーション局と協力し、ボランティア受託管理事業のモデルを作り、限定的なテストを実施したことがあります。しかし、このような取り組みの規模を拡大することは難しく、現在、グリーンインフラの「保証」期間(建設業者が維持管理の責任を持つ最初の約3年間)が終わると、維持管理の責任がDEPのスタッフに移され、仕事量の増加に合わせて人員を増やしているのが現状です。現時点では、およそ100人のスタッフが約4,000ヶ所の設備を担当しています。しかし今後、現存する11,000ヶ所以上の設備が建設され、その多くが近い将来にDEPに移される予定であり、少なくとも基本的な継続的メンテナンスを支援するボランティアがいなければ、DEPが開発予定の全てのグリーンインフラを管理できるだけのスタッフを雇用できるとは考えられません。大きな問題は、ボランティアが鉄柵・石細工・剪定などのような難しい作業ができないことです。また、維持管理を行う市民団体には器具や保険も必要です。このような課題があっても、DEPはいくつもの地域で、個人やグループを訓練し動員しています。

    NYCHAの所有地にあるグリーンインフラの維持管理はDEPによって行われています。ただし、教育局と公園・レクリエーション局は、それぞれの所有地にある設備は自身で維持管理を行います。

    最新情報は、2021年の年次報告書にあり、51・52ページに維持管理(観測も含めて)とスチュワードシップが掲載されています。

    最後に

    ニューヨーク市は、人口850万人の沿岸地域であり、大半が島々に位置し、100年以上(200年とは言わないまでも)前に造られたインフラによってサービスを提供しているため、その規模と立地条件から深刻な問題に直面しています。その上、予算的な制約や、密集している都市部での建設の難しさなど、DEPや市全体が直面している問題は非常に困難なものであることが明らかです。しかし、多くの専門家がボランティアや市民団体と協力しながら、継続的な努力によって、気候変動や長年の問題に対してやるべきことを確認し、問題解決に取り組んでいます。水の流入と流出の両方を管理することによって、ニューヨーク市は急速に変化する状況に先手を打とうとしているのです。

    Matthew Gillam
    上席調査員
    2022年7月1日