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ニューヨーク市の住宅復興事業「ビルド・イット・バック」の失敗から学ぶもの

2012年10月にニューヨーク市を襲ったハリケーン・サンディの被災地復興のため、ブルームバーグ前市長によって始められた住宅復興事業「ビルド・イット・バック」(Build It Back)ですが、2014年4月のブログでお伝えしたように、同事業は発足以来問題が多く、デブラシオ市長によって大幅な見直しが行われています。


ハリケーン・サンディの被害を受けた住宅に張られた看板(クイーンズ区、2014年春)

2015年3月31日に発表されたニューヨーク市の会計監査官レポートでは、同事業の監査と6回の市民へのヒアリングに基づいて、市が事業を複数の下請け会社に委託し管理責任を怠った結果、被災者に不必要な負担を負わせ、税金の無駄をもたらしたと結論づけています。

そもそも、ビルド・イット・バック事業は、ハリケーン・サンディがニューヨーク市の広範囲に被害をもたらした直後に、コンサルティング会社に委託して立案されたものです。事業の運営は下請け会社に委託され、その管理もまた、財務管理会社に委託されていました。下請け会社は申込書の受領手続き、申請資格についての審査、申請者に対するサポート、助成金の受け取りや工事会社との契約の締結まで指導する責任がありました。そして、事業の最終的な責任は、市長室住宅復興事業室(Housing Recovery Operations/HRO)が負うことになっていました。

しかし、少なくとも昨年まで、HROが適切にその責任を果たせる体制となっていたかは疑問です。レポートによれば、HROは、下請け会社に対し、同社が必要書類を欠いた申請書について必要な指導をしていなかったにもかかわらず約680万ドル(約8億9千万円)もの支払いを行っていたほか、約24万5千ドル(約2千9百万円)の二重払い、約44万3千ドル(約5千3百万円)の勤務時間の記録を欠いたコンサルタントへの賃金支払い、約72万ドル(約8千5百万円)の業務報告のないコンサルタントへの賃金支払い、約7万4千ドル(約880万円)の裏づけのない旅費支給が報告されています。

また、下請け会社には、大学で福祉学などを専攻し、卒業後最低2年の実務経験を持つ職員の雇用が義務付けられていましたが、154人の履歴書を検証したところ、福祉学を専攻した者はおらず、大卒者すら29パーセントにとどまっていたことが分かりました。さらに、HROが当初約束した、一人の担当者が一つの案件を一貫して担当する制度が取りやめられた結果、申請者は連絡するたびに案件の経緯や事業に関する知識の乏しい別の担当者と話をすることとなり、間違った情報を伝えられたりすることが何件もあったようです。

下請け会社と申請者のコミュニケーションも問題が多く、必要な情報が被災者に届くまで事業立ち上げから4か月半もかかり、その後も速やかに適切な情報を提供することができませんでした。

これらの問題に加えて、ビルド・イット・バック事業は少なくとも64の連邦法令、州や市町村レベルの法令、さらには連邦住宅・都市開発省の指針に従わなければなりませんでした。それだけでも大変なところに加え、2013年8月から翌年7月にかけて、同事業の書類や手続きの変更が100件以上ありました。

これらの状況を踏まえれば、申請者の不満や戸惑いが募ったことはまったく驚くことではありません。それだけでなく、書類を何回も提出したり、返事を待ったり、書類を書き直したりしている間、被災後に内部が取り壊され、カビが生えている家にそのまま住み続ける被災者も多くおり(何軒もの家がいまだにその状況です)、カビの影響で重病にかかって入院した方まであったそうです。ビルド・イット・バック事業がうまく立ち上がらず、行政にとっても市民にとっても金銭的なコストが増えましたが、被災した住民にとっては精神的なコストも大変なものでした。

レポートでは、デブラシオ市政によるビルド・イット・バック事業の改善策が効果を挙げていると評価する一方で、将来に備えていくつかの見直しを行う必要があると提案しています。復興事業においては、市が直接管理を行うべきであり、完全に下請け会社に任せることは望ましくないこと、また、その義務を果たすために、十分な職員を確保して、適切に管理が行えるようトレーニングをしなければならないこと。また、業者への委託を行う場合であっても、業務基準やタイムラインを設定し、それが守られるようにすることが不可欠であること。さらにITの面でも、事業の有効な実施に必要なハードとソフトを整備するとともに、それを使いこなせる人材も育成しなければならないことなどです。

2015年4月

ニューヨーク事務所 上席調査員 Matthew Gillam