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幅広い災害を想定したニューヨーク市の危機管理対策

2012年10月29日、ハリケーン・サンディがニュージャージー州を直撃し、隣接するニューヨーク市にも多大な被害をもたらしましたが、この際に同州危機管理局が「ハリケーン対策決断支援ツール」(Hurricane Decision Support Tool)を活用してその被害を軽減したことは、日本の危機管理関係者の間でもよく知られています。同ツールにおいて採用されている、時間軸と採るべき対策とを組み合わせた「タイムライン」という考え方は非常に分かりやすく、日本の関係者にとっても貴重な参考例となるものですが、同ツールはあくまでハリケーン対策のために作成されたもので、応用範囲が限定されている点に留意が必要です。

他方、サンディの上陸に際してニューヨーク市が使用し、同様の被害軽減効果をもたらした「沿岸風水害対応計画」(Coastal Storm Plan・CSP)については、どのレポートでもほとんど言及されていないようです。しかし、CSPを含めたニューヨーク市の災害対策の方が、日本にとってはおそらく応用性があるでしょう。

CSPは、ニューヨーク市危機管理局(New York City Emergency Management/NYCEM)の定める「気象災害対策大綱」(Weather Emergency Protocols・WEP)の一部を構成しています。WEPは、事前にある程度の予測可能な4つの災害、すなわち、冬の荒天(大雪や暴風雪等)、沿岸の暴風雨、猛暑、集中豪雨に対応しています。WEPは、市危機管理局に置かれている危機管理センター(Emergency Operations Center・EOC)におけるガイドラインであり、さらに、各部署に対応した実施要領が定められています。

EOCにおいては、早朝と午後の1日2回、国立気象局と協議を行い、警戒すべき天候について確認しています。一つの例として、ノースカロライナ州より北に進行すると予想されるハリケーンが確認された場合、EOCではニューヨーク市への予想上陸時刻の120時間前の時点で活動を開始します。50もの関係機関から構成される対策本部を段階的に立ち上げ、タイムラインや各部署の実施要領に基づき、各機関がそれぞれの対応を実施します。例えば、危機管理局が緊急物資の配布、住宅保全開発局等が市民の避難、衛生局等が倒木やがれきの除去の準備を実施します。

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2016年1月23日の大雪

タイムラインの詳細は異なりますが、大雪や集中豪雨、竜巻発生の可能性のある嵐、熱波等に対しても、ほぼ同様の過程により対処します。場合によって、国立気象局から職員が派遣され、危機管理室に一席を占めることもあります。

州や自治体が連邦危機管理庁(FDMA)から補助金の交付を受けるに当たっては、1988年に制定されたロバート・T・スタフォード災害救助・緊急事態支援法(Robert T. Stafford Disaster Relief and Emergency Act)、2000年に改正された災害被害軽減法(Disaster Mitigation Act)に基づき、「被害軽減計画」(Hazard Mitigation Plan)の策定が義務付けられています。ニューヨーク市のWEPはこの「被害軽減計画」の一環として定められているもので、自然災害(暴風、海岸浸食、水不足、竜巻、地震、インフルエンザ等の伝染病も含む)のほか、建物の崩壊や、テロ攻撃、停電等の対策も定められています。

「被害軽減計画」は全体で1,000ページ以上もの大部の印刷物ですが、より利用しやすい170ページ程度の「Risk Landscape(リスク要素の概観)」と題する文書も用意されています。この2つの文書は組織内における計画設定の参考となるとともに、市民の意識向上という目的も有しています。これらの解説及び本文については、危機管理局のウェブサイトからアクセスすることができます。http://www1.nyc.gov/site/em/ready/hazard-mitigation.page

危機管理においては、時間が重大な変数となります。おそらく、ハリケーンが一番長いリードタイム(準備期間)を有していますが、集中豪雨や竜巻についてはほとんど予測ができません。どの被害に対しても、事前に計画を作成し、訓練を実施することなどが不可欠ですが、実際の被害が事前に見込まれる場合には、対応が包括的であって、かつ間に合うかということが常に基本的な課題となります。したがって、より幅広い場合を想定して、可能な限り、計画の中にタイムラインや実施要綱を含めるべきです。

2016年1月

Matthew Gillam