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ニューヨークのホームレス

これが資本主義大国、アメリカか――ニューヨークに赴任した当初、ホームレスの多さに衝撃を受けたのを記憶している。ホームレスと資本主義との関連性はさておき、街を歩いていると必ずと言っていいほど路上で生活する人の姿を見かける。本稿ではニューヨークのホームレスについて紹介する。

□現状

2020年会計年度(2020年7月~2021年6月)、39,300人以上の子供を含む122,926人がニューヨーク市(以下「市」という。)のシェルターを利用した。シェルターで寝泊まりするホームレスの数は過去10年間で48%増加している。また、毎晩、何千人ものホームレスが路上や地下鉄、その他公共の場で寝泊まりしているとされ、路上生活者を含めたホームレス自体の数は過去10年間で115%増加しているという。調査によると、ホームレスの多くが精神疾患やその他の重大な健康問題を抱えている。人種の観点では、黒人及びヒスパニック・ラテンが実際の人種別人口比率を超えて多いのが特徴的だ。約57%が黒人、約32%がヒスパニック・ラテン、約7%が白人であり、アジア系またはネイティブアメリカ人は1%に満たない。

コロナ禍において、さらにその数は増加している。2020年10月、市のシェルターで寝泊まりした単身の成人の数は20,000人を超えており、過去最高を記録した。失業率は1年前の2019年10月と比較して9.4%上昇し13.0%であった。なお、2020年5月から8月にかけて、新型コロナウイルスに起因するホームレスの死亡率は、一般の人に比べて78%高く、「家がない」ということが健康に与える影響の大きさが、コロナ禍において浮き彫りとなった。

□近年における増加の背景

20世紀の前半から、単身用住宅(single room:主に低所得者向けの簡素な一人部屋(single-room-occupancy units, SRO)や居住用ホテルを含む。)は、貧しい一人暮らしや子供のいない夫婦などに住まいを供給する重要な役割を果たしてきた。1970年代に至るまでに、単身用住宅は、単身で貧しい人(その多くは障害者、高齢者、薬物中毒者、監獄から出所した者などであった。)の「最後の砦(housing of last resort)」と呼ばれるようになっていた。

というのも、1950年代、ニューヨーク州(以下「州」という。)は州北部の精神病施設から何万人もの患者を開放し、シティエリアへと移した。いわゆる「脱施設化(deinstitutionalization)」が図られたのである。向精神薬の発展や新たな治療法の開発などにより、施設内での対処に代わってコミュニティでの療養が可能になったと考えられたほか、ある施設では虐待が行われていたという事実に起因している。これにより、多くの精神疾患を持つ人々がシティエリアに移り住むことになったわけであるが、政府のコミュニティ住宅への投資不足などから、その多くが安価な単身用住宅に流れ込まざるを得なくなった。

一方、単身用住宅は激減する運命をたどる。1960年には市内に約129,000戸あった単身用住宅は、1978年には約25,000戸に減少している。その背景にはまず、1955年に行われた住宅規則(housing code)の改正が挙げられる。改正により単身用住宅に対する規制が強まり、既存の物件の単身用住宅への改築や単身用物件の新たな建設が禁止されたのである。さらに当時のゾーニング法による規制も相まって、もはや単身用住宅の建設は実質的に不可能となった。それに加え、固定資産税制度の改正も単身用住宅の減少に貢献した。市は1975年、デベロッパーが倉庫などの劣化した建物を早期に住宅用に改修することやアップグレードすることを奨励するために、固定資産税軽減プログラムを改正した。ほとんどの単身用住宅は、特にアッパーウエストサイドなど魅力的なエリアに位置していたため、不動産の所有者は単身用物件をより高級な賃貸物件やコンドミニアムに転換するなどして、税の軽減措置にあやかろうとした。その後、ホームレスの増加が社会問題として浮上したことを受け、制度の見直しが図られたが、すでにほとんどの単身用住宅が消失しており、もはや手遅れであった。

以上の結果、障害を持った多くの貧しい人々が街にあふれだす傍ら、安価な単身用住宅が消失していくという現象が起こり、ホームレスの数は1970年代後半から増加の一途をたどることとなったのである。

□対策

州は、2017年、総額200億ドルのホームレス及び住宅対策プランを掲げた。プランでは、州全体で11万戸以上の手頃な価格の住宅の建築または保存及び6,000戸の支援住宅(ホームレスや障害者等が地域社会で尊厳を持って暮らすための支援サービス機能を含む手頃な価格の住宅)の開発を今後5年間で達成することや、シェルタープログラムのサポート、高齢者向け住宅の新たな整備などを盛り込んでおり、現在も計画は続行している。

一方で市は、1993年、人事部から一部機能を切り離す形でホームレス対策専門部署を設置し、家賃援助プログラム、不法な退去要請に関する無償の法的援助、安全なシェルターの整備、路上生活者へのアプローチ等、多岐にわたる取り組みを実施している。2017年時点において、市内の路上で生活するホームレスの割合は、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトルなど国内の他の主要な都市に比べて低く、ここしばらく増加してきたシェルターでの生活者数も想定を下回った値で安定しており、一定の成果が出ているという(ただし、新型コロナウイルスの影響等で現在の状況は変わっている。)。

また、ホームレスに対する支援ひいてはホームレスのない社会の実現のため、1981年に設立された非営利の連盟組織(coalition for the homeless)の存在も忘れてはならない。当該連盟は、訴訟活動、市民教育、食事の無償提供をはじめとする直接的なサービスなどを行っている。ホームレスの根本的な原因は、住宅の入手のしやすさと人々の所得ギャップの拡大であり、市内におけるそのギャップは過去数十年で大幅に広がってきたという。連盟は、そのギャップを解消するためには、連邦、州及び市が手頃な賃貸住宅への投資を劇的に増やすこと、手頃な住宅の保存及びテナントの保護のため、賃貸規制法を見直すことが必要であると主張する。

大都市に広がる光と影。上を見上げればラグジュアリーなマンションが煌々と輝く一方、足元にはホームレスの姿がある。現在の社会において貧富の差を埋めることは極めて難しい。世界の基準と比較しても家賃が極めて高いニューヨーク。行政が舵をとって積極的に安価な住宅の建設を進める以外に方法はないのかもしれない。ニューヨークからホームレスが消える日は来るのだろうか。

(大橋所長補佐 総務省派遣)