08 1月 2016

ニューヨーク市消防局改革の処方箋 ~CBCレポートより~

ニューヨーク市に拠点を置く民間・非営利の行政監視団体Citizens Budget Commission(CBC)[1]においては、ニューヨーク市及び州の予算、政策等を分析したレポートを随時発行しています。

このたび、同団体よりニューヨーク市の消防行政に関する興味深いレポート「TWENTY YEARS LATER: Integrating Services In The New York City Fire Department」が発表されましたので、以下にその要約をご紹介します[2]。

 

1 はじめに

ニューヨーク市において、サイレンを鳴らして急行している消防車のうち、火災対応の現場に向かっているのはその5分の1以下(18%)であり、より多く(20%)は救急の現場へ向かっているのが実態である(2015年の数値)。

ニューヨーク市消防局(FDNY)が同市の救急機関(EMS)と合併し、救急業務をも担うようになった1996年時点で既に、救急対応件数は火災対応件数を上回っていたが、当該合併はFDNYの抜本的な組織改編を伴うものではなかった。それから約20年が経過し、火災対応に対するニーズは更に減少し、救急に対するそれは逆に増大したにもかかわらず、なおもFDNYの人的・物的資源の大部分は消防部門に割かれ続けており、大きな非効率が生じている。

FDNY執行部においても上記の課題を認識してはいるものの、対策は漸進的なものに留まっている。救急業務への効率的な対応のためには、より大胆な改革が求められている。

2 消防・救急におけるニーズの変化

2014年にFDNYが対応した事例のうち、救急対応は実にその75%を占める一方、火災対応はわずか5%、救急・火災対応のいずれにも属さない事案は20%であった。

比較可能なデータの存在する1998年と2014年とを比較すると、火災対応件数が半減した一方、救急対応件数は3分の1以上増加した。火災対応件数の減少に関しては、警報機の誤作動の大幅な減少や、建築物の防災基準の厳格化による建物火災の減少等が寄与したものと考えられる。また、救急対応件数の増加に関しては、人口増や高齢化等の複合的な要因が作用しており、その内訳を見ると、比較的軽微な事案(腹痛、一般的な疾病等)への対応件数の伸びが、生命に関わる事案(大やけど、心臓麻痺等)のそれよりも大きくなっている。

なお、上記期間には救急・火災対応のいずれにも属さない事案も37%増加しており、これにはエレベーター故障や危険物質への対応、自然災害やテロへの対処等、多様な状況が含まれる。この増加には、自動車事故やガス漏れ対応等のFDNYの担当業務の拡大も影響しているものとみられる。

3 組織・人員の比較

2015年のFDNYの予算38億ドル(約4600億円)のうち、71%は消防部門に費やされている(消防部門が行う救急活動に関する経費15%を含む)。他方、救急部門には13%が充てられ、残りの16%は行政・運営経費である。人員規模で比較すると、消防士数10,777名に対し、救急隊員数は約4,700名となっている。

(1)消防部門
市内全体で218の消防署があり、198のポンプ車隊(Engine company)、143のはしご車隊(Ladder company)などが配置されている。各隊は隊長以下4~5名で構成され、24時間365日の即応体制が採られている。

ポンプ車隊はポンプ車を運用し、現場では主に消火活動に従事する。はしご車隊ははしご車を運用し、避難者の捜索や救出活動などに従事する。消防士の年間平均給与(超勤手当を除く。)は採用5年目で76,488ドルである。

1隊の1日(24時間)当たりの出動件数はポンプ車隊が平均10.1回、はしご車隊が平均7.8回であり、各隊の推計年間コストから出動1回当たりの費用を算出すれば、それぞれ1,844ドル、3,013ドルとなる。

(2)救急部門
救急車はEMSステーション、消防署及び指定された路上に配置されている。市内全体で421の救急車隊が存在し、各隊員は8時間シフトの交替制となっているが、消防のように24時間制を採用してはおらず、現に稼動している消防車の数は日や時間帯によって異なる。

救急サービスには基本的な救急対応を行うBLS(Basic Life Support)と、より高度な対応を行うALS(Advanced Life Support)の2種類があり、BLSは基礎的な救急技術を持つEMT(Emergency Medical Technician)2名、ALSはより高度な医療技術を持つパラメディック(Paramedic)2名により、それぞれ運用される。採用5年目の年間平均給与(超勤手当を除く。)はEMTで45,834ドル、パラメディックで59,079ドルである。

1隊の1シフト(8時間)当たりの出動件数は平均3.8回である。各隊の推計年間コストから出動1回当たりの費用を算出すれば、BLSが489ドル、ALSが519ドルとなる。

4 サービスの重複と非効率

FDNYにおいて適切な緊急通報を受けた場合、火災対応であれば、最低でもポンプ車隊及びはしご車隊各1隊が出動する。救急対応であれば、事案や状況に応じ、BLS又はALSを出動させるか、もしくは民間病院の救急車両に出動を依頼することになる。この際、生命に関わるケースにおいてはポンプ車隊にも出動が命じられるため、消防車及び消防士が救急対応を行うケースが発生することとなる。

一般に、消防車の方が救急車より現場への到着が早いものの、消防士による対応には限界がある。まず、消防車には患者を病院に搬送するための設備が設けられていない。また、現場で火災が発生している場合等においては、消防士は「所管外業務」である救急に専念することはできない。更に、ポンプ車隊員はCFRD(Certified First Responders with Defibrillation、救命手当技術資格)の取得が義務付けられているものの、EMTやパラメディックほどの救急訓練は受けていない。仮に適切な対処を行うことができたとしても、結局は救急隊に業務を引き継ぐこととされているため、そこで二度手間が発生することとなる。

5 より効率的な救急対応への戦略

上記のミスマッチを踏まえ、救急業務への効率的な対応のために、以下の短期・中期・長期の3つの戦略を提示する。

(1)短期的戦略:救急車への配置人員の見直し
救急車に搭乗するEMT又はパラメディックの人数について、FDNYは1台につき2名配置を義務付けているが、全国的には1名配置の機関も存在し、2名配置モデルが他に優れているということはできない。

FDNYは過去、当該規制の見直しに失敗しているが、再度緩和に向けて取り組むべきである。これにより、救急の質を下げることなしに救急車の出動を増やすことができ、年間500万ドルの節約にもなる。

(2)中期的戦略:独力で救急対応を行う消防士の育成
消防士をEMTとしても育成することは、シカゴ、ダラス、ヒューストン、フェニックス等の米国各地の大都市では常識となっている。FDNYにおいて、各ポンプ車隊のうち最低1名をEMT資格者とするためには、消防士の8%、850名を訓練する必要がある。

この目標を達成するためには、EMT経験者の消防士への配置換や、ポンプ車隊員へのEMT訓練の義務付けのほか、全消防士を対象に訓練費用の助成を行うなどの方法が考えられる。より長期的には、消防士の新規応募者にEMT資格取得を義務付けることが望ましい。

これにより、消防車による救急活動をより効果的に行うことができ、搬送不要事案であれば、救急車の出動もなくすことができる。また、救急車の出動件数を減らすことで、他の事案への対応スピードを速めることにもつながる。

<ヒューストン市の事例>
ヒューストン市消防局では、全ての消防士にEMT訓練を義務付け、消防部門・救急部門のローテーション人事を行っている。1996年からは一部の消防士をパラメディックとしても養成し、4年間の消防部門・救急部門のローテーション人事を行った後、どちらかを選択できる制度としている。これにより、同市では1991年から2001年までの間に、救急対応件数が年5%の割合で増加を続けたが、救急車数を増やすことなく適切に対応することができた。

(3)長期的戦略:FDNYの抜本的な組織改編
持続的な需要のトレンドと伝統的な人的・物的な資源配分に著しい齟齬が生じていることは、FDNYの抜本的な組織改編の必要性を示唆している。消防部門と救急部門の関係を再定義し、人材と資源をバランスよく再配分する必要がある。人材の訓練や機材の再配置も必要となり、これらは地域の人口構成の分析等も踏まえた、非常に大きな作業となるであろう。また、人材のより柔軟な運用に当たっては、労使間の合意も必要となる。

FDNYにおいては将来的な目標として消防と救急の統合を掲げており、ポンプ車隊員へのEMT訓練やはしご車隊員へのCFRD訓練の実施等について議論中である旨を明らかにしている。しかしながら、これらの方策は前進とはいえるものの、将来的な戦略としては十分ではない。ニューヨーク市は、消防と救急の統合という課題においても、米国の諸都市をリードする存在であるべきである。

(早瀬所長補佐 総務省派遣)


[1] http://www.cbcny.org/
[2] レポートの全文はこちらをご覧ください。
https://cbcny.org/research/twenty-years-later