28 3月 2012

北米でのJETプログラム経験者の東北支援活動

2011年3月11日に東日本大震災のニュースが米国・カナダで流れてからまもなく、JET 経験者は情報収集や緊急支援対策に乗り出しました。以下はその活動の一部の紹介です。

米国とカナダでの支援金募集活動

JET経験者の国際組織のJETAAインターナショナルによると、2011年9月時点で、全世界のJETAA(JET Alumni Association、JET経験者の同窓会組織)支部のメンバーは支部独自のイベントあるいは他の組織と共同で、487, 525米ドルを集めて東北の復興支援のために寄附しました。その中には、米国の支部による313,078米ドルとカナダの支部による50,775米ドルが含まれています。カナダ分のうち、32,000米ドル以上はオタワ支部がイベントを開催して集めました。同支部はまた、今年の5月下旬にチャリティーコンサートを開催する予定です。

米国の支部は、赤十字社などに寄附金を提供しただけでなく、JETAA USA Relief Fund(JETAA震災基金)という独自の基金を設けて寄附金を集めました。2012年3月時点の情報では、一年間で、全米の支部から合計87,476米ドルをJETAA USA Relief Fundに寄附しました。この支援金は、同じくJET経験者によって組織された委員会が独自で調査し厳選した東北地方、特に二名の現役JET参加者が犠牲となった陸前高田市と石巻市の復興活動に携わっている団体を中心に寄附されました。これ以外にも、多くの支部は、独自で選んだ団体に寄附しました。

東北を支援する活動

募金活動だけではなく、JET経験者は東北、または日本のために、さまざまな形で支援活動を行っています。

カナダのオタワ支部のメンバーのブレント・スターリングさんは、外務省が実施した元JET参加者東北被災地招致プログラムに参加しました。昨年9月に東北に戻って勤務先だったの福島市にほぼ一週間滞在し、ブログを書いたりカナダのCBCラジオに出演したりしました。トロント支部のターニャ・ガルデキさんも、同招致プログラムで宮城県塩竈市に戻り、カナダ帰国後にマスコミを集めた報告会を開いたり、ブログを書いたりしました。東北や日本全体の実情について英語で情報発信を行い、風評被害対策の一環として大切な役割を果たしています。同プログラムは全世界から合計20人のJET経験者を招致し、アメリカからは9名、カナダからは上記2名が参加しました。

また、日本で人気のバンドMonkey Majikは、地元の仙台市を中心にさまざまな募金・支援活動に尽力しています。四人組バンドの二人のメンバーはカナダ出身の兄弟で、うち一人はJET経験者です。カナダでの活動拠点は「故郷」のオタワで、同支部と協力関係を持って募金活動などに力を貸しています。Monkey Majikは外務省からKizuna大使にも任命されました。

アメリカでは、当事務所ホームページの別の記事でも紹介しましたが、ワシントン支部のメンバーの二人が陣頭指揮を執ったおかげで、全米桜祭実行委員会とワシントンD.C.日米協会が、福島の山木屋太鼓クラブの13名の学生たちを、桜が日本からアメリカに寄贈されてから100周年を記念するイベントでの演奏者として招待しました。学生たちはケネディセンター・ミレニアムステージにて演奏を行いました。

また、ニューヨーク支部のメンバーの一人、T.R.ピアーソンさんは、震災からまもない去年4月に、岩手県に救援物資などを運びました。ニューヨーク支部はまた、福島県の代表団が去年12月にニューヨーク市を訪問してPR活動を行った際、絵画等の展示オークションを開催して寄附金集めを行ったほか、市の公園で行われたキャンドル・ナイトでは、同支部のメンバーが集まった人たちと福島県をテーマにする歌を歌いました。

ニューオーリンズ支部からは、共同支部長の二人が別々に東北を訪問しました。ダニエル・モラレスさんが岩手県大船渡でオールハンズという団体に加わって10日ほどボランティア活動をし、もう一人のダッグ・タッシンさんも、服を避難生活をしている人たちに届けた上、掃除などのボランティア活動を行いました。

パシフィック・ノース・ウェスト(シアトル)支部のメンバーの一人のケイティ・オイさんは震災当日、南三陸市の現役JETとして働いていました。アパートが震災の被害にあい、全てのの持ち物を失いましたが、勤め先の学校にいたので命は助かり、一時は避難生活をしていました。母校のニュースレターに記事を載せ、南三陸等のすさまじい地震・津波の被害実態と、その後の住民たちの復興への努力などを紹介しました。同支部メンバーで、兵庫県ワシントン州事務所に勤めているベンジャミン・エリクソンさんも、前述のJET参加者東北被災地招致プログラムに参加し、ブログなどでその経験と東北の復興の様子について伝えています。

ポートランド支部のメンバーで、2011年夏に山形県から帰国したメンバーのブリアナ・ハリスさんは、ウィラメット大学開催のシンポジウム「福島の教訓」や、在ポートランド日本総領事館開催の東日本大震災追悼イベントにも参加しました。ブリアナさんは、現役JETの時、AJETという現役JET参加者の組織の山形・新潟・宮城・福島地域の代表として、東日本大震災以降にAJETが集めた支援金や救援物資の配給に携わっていたので、被害の甚大な地域に住んでいなくても、現地の被害と復旧・復興の実態をよく知っています。また、同支部長のブルック・メツエルさんは、2011年4月から7月までの間、ピースボートという団体を通じてボランティア活動を行い、石巻市を中心に救援や復旧活動に貢献しました。同支部は、近い将来、ピースボートや最近帰国したメンバーから写真を集めて東日本大震災の展示会を開く予定です。

北カリフォルニア(サンフランシスコ)支部のメンバー二人も、前述の招致プログラムで日本に戻ってからブログを書いたり、テレビに出演したりするなどして、自分の経験等を広く伝えてきました。その一人のアラン・モクリッジさんは、岩手県大槌町に戻った経験について在サンフランシスコ日本総領事館開催のパネルディスカッションに参加して説明しました。また、地元のKTSF26テレビの番組にも出演し、やはり同じ支部から招致プログラムに参加したジェームス・フォリーさんと一緒に、東北の現状やJET プログラム参加者の日本との絆の強さについて語りました。ジェームスさんは福島県いわき市に戻り、地元の学校のモットー、「負けじ魂」を取り上げ、町の住民にとっては本当にそのとおりだという印象を受けて感動したことを語りました。また、福島県の放射能汚染については不安材料であるものの、ほとんどの住民は普通の暮らしをしていること、福島県にはたくさんの美しい風景や美味しい地元の食べ物があるので、自分で情報収集をして冷静に判断し、遠慮せずに福島を訪れて欲しいと訴えました。同支部のもう一人のメンバー、キャノン・パーディさんは、震災当日、元の勤務先であった南三陸町の教え子たちの卒業式に出席するためにアメリカから南三陸町を訪れていて、一時的に、行方不明になっていました。彼女は、避難所にいるところをCNNのテレビレポーターに見つけられ、アメリカ中で広く報道されました。帰国後、彼女は宮城県を救うために「Save Miyagi」の基金を設立し、募金活動を行い、約4,000ドルを集めました。アランさんと一緒に上述の総領事館開催のディスカッションにも参加し、自分の経験等について語りました。北カリフォルニア支部は、日本の支援活動に携わっているさまざまな団体との協力関係を構築する日本支援調整コーディネーターの役職も設立しました。

アラスカ州のアンカレジ支部も、去年の夏祭りイベントでJETプログラムの説明や東北支援の募金活動を行い、活躍ぶりを見せました。

アメリカでは一番新しい支部のミュージック・シティ(ナッシュビル)支部のメンバーの一人、グラーム・シェルビーさんは記者で、広くJET プログラムやJETAAについてレポートを出しています。去年の七月には、日本へ旅立つ新規JETにインタビューし、出発直前の期待や不安について話を聞き、福島県へ配属されるJETの一人も紹介し、彼の心境を伝えました。また、グラームさんは、23年前に福島県石川町にALTとして勤務した経験があり、最近、当時の思い出と今の福島についての記事を書きました。

JET経験者のさらに詳細な活動状況については、以下のリンク先を御覧ください。


マシュー・ギラム上級調査員

参照ウェブサイト(外務省報告書を除きすべて英語です)